全ては雨の日だった、静かに降る雨ではなく耳障りな音が纏わりつく雨だった。
どうせなら雨の日に終わりを告げようじゃめーか、三蔵の口元が緩んだ。
窓の外を眺めると土砂降りの雨で、あの日のような雨、雨、雨。
嗚呼、こんな雨を待っていたのかもしれない。
◇
空を睨み付けていた悟空はため息をついた、雨が降っている・・・今日は酷い大雨だ。
三蔵のもっとも苦手とする雨だ、花達には恵みの雨かもしれないけれど。
雨の日の三蔵は機嫌が悪いか・・・それとも無口になるかだった。
今日はどうだろうか?こんなに土砂降りの大雨だから、こんな大雨の日に三蔵の家には行った事ない。
降り注ぐ雨は視界の色を少なくする、灰色の空とどんよりした空気。
無色に見えると言っていた三蔵の色をさらに奪ってしまう。
だから今日は色鮮やかなスイートピーを持っていこう、悟空はそう思いながら花をラッピングしていく。
「・・・・あの時も・・・やっぱり雨だった」
ぼやく悟空の独り言、何よりも痛々しい。
悟浄と八戒は何も言えずにただ悟空の姿を見つめるしかなかった。
それでも笑っている悟空は強い思った。
いや強くなるしかなかったのだろう、じゃないと悟空は今でも三蔵のようになっていただろうし。
どうやって立ち直ったか、それを聞くと花達のおかげだったと悟空は語った。
「じゃ、行って来るね!!」
「おー、行って来い」
「今日も三蔵に伝えて置いて下さい、待ってますから、と」
「うん!!きっと三蔵もいつか来てくれるはずだよ、絶対に!!」
元気よく言うと悟空は傘と花を持って店を飛び出した。
いつものように背中を見送って苦笑いを浮かべる悟浄と八戒。
今日は雨だ、大丈夫だろうか?土砂降りの雨だから・・・三蔵といい悟空といい。
たぶん彼等なら大丈夫だろう、絶対に・・・そう信じている。
土砂降りの雨、静かに降る雨ならまだしも音を立てて降る雨は好きにはなれない。
なれないけど逃げてちゃ駄目だって気が付いたから。
好きにはなれない、でも嫌いにもなれない・・・うん。
雨は奪っちゃうから・・・大切なものを、金蝉自身もそして三蔵の心も、いつも雨だった。
ふと嫌な予感がした、悟空は足を速めて三蔵のアパートへ急いだ。
「三蔵!!今日はスイートピー持ってきた!!」
ドンドンとドアを叩いて悟空は叫んだ。
引きこもりの三蔵がこんな日に出るわけない、やっぱりいつものように出てはくれないだろう。
悟空はドアノブに手を掛けて急いで捻った。
やはり鍵は開いていた、急いで悟空は中に入って三蔵!と三蔵の姿を探した。
こういう時、アパートだから本当に助かったと思う。
部屋が狭い上に部屋数が少ない、悟空は靴を脱いで中へ上がる。
そして心が凍った、三蔵が何をやっているのか?一発で分かってしまった・・・台所に立っている彼。
料理の食材を切る為に出したわけではない包丁、手首に添えているのが目に映った、手から花束が滑り落ちる。
悟空は慌てて三蔵の元に駆け寄って、何やってんだよ!!と包丁の刃先を素手で掴み上げた。
「・・・血、出てるぞ」
「馬鹿!!何やってるんだよ!!」
「見れば分かるだろうが、面倒なんだよ、全てに」
「・・・・・馬鹿三蔵!!」
包丁を三蔵の手からどうにか離して流し台に投げ捨てた。
右手に滴る血が妙に三蔵には印象的に見えるらしい、自分もあんな血が出るのか?そんな表情だった。
悟空は泣きそうになって馬鹿すんなよ!と怒鳴った。
無性に腹が立って三蔵の体を突き飛ばす、日頃から外に出ていない三蔵の体は軟弱で尻餅をつく体制になってしまった。
悟空は胸倉を掴んでどうしてこんなことしたの!!と怒鳴った。
「何で、てめえはそうやって邪魔をする?」
「するよ!!三蔵には生きて欲しいから!!」
「生きる?・・・面倒な言葉だな」
「そうやって逃げないでよ!!」
感情が高ぶってどうにも止まりそうにない。
三蔵を睨み付けて、投げ出すなよ!と怒鳴るが手ごたえのない返事が返ってくるだけ。
どうしてだよ・・・逃げないでよ。
「てめえに何が分かる?この一年、間抜け面で来やがって」
「分かんないよ!!気持ちなんて・・・死にたい気持ちなんて!!」
「だろうな、だったら言える立場じゃねーんだよ」
「知らない、三蔵は逃げてるだけだ!!面倒とか言って・・・逃げてるだけじゃんか!!」
「うるせぇ!!知りもしないくせに、構うんじゃねーよ!!迷惑なんだよ!!」
ゼェゼェとお互いに怒鳴りあい、息を吐き出す。
悟空はギリッと歯軋りをしてそっと手を離した、馬鹿だ・・・と悟空は天井を仰いで苦笑い。
泣いているように見えた、それでも悟空は笑っていた。
血で濡れている包丁を洗い始める悟空、三蔵はぼんやりとその姿を見ていた。
何だ?今の表情は?胸の中で焦がれるような想いが走る。
「・・・・昔さ」
洗いながら悟空は静かに口を開いた。
「死にたいと願っていた少年がいたんだ」
水と共に血が流れてゆく、混じりあって流れる液体を眺めながら悟空は静かに語った。
昔、死にたいと願っていた少年がいた。
その少年が何故死にたいと思ったのか、それは保護者である人物が亡くなったせいだった。
しかもその少年のせい、少年が無邪気に花を摘もうとしていた時だった。
危ないと言われているのにも拘わらず、崖に咲いている小さな花を摘みに崖に遊びに行ってしまった。
毎日毎日していた事だから少年は油断していた、今日もそっとそーっと手を伸ばして花を摘もうとしていた。
大好きな保護者の為に、机に飾る為に、雨が降って滑りやすいにも拘らず。
「・・・馬鹿だろ?雨だったにも拘わらず摘もうって必死だったんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
雨の中、自分がいない事に気が付いて保護者が探しに来てくれた。
少年の姿を見つけた瞬間、少年が足を滑らせて崖から落ちそうになったのだ。
崖に落ちる、そう覚悟した瞬間ふわっと何かに包まれて少年は落ちた。
「・・・・庇ってくれたんだ、その馬鹿な少年を助ける為に」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ビル何階建てになるだろうか?相当の高さから落ちてしまった。
雨が土砂降りに降る日の事だった。
少年は助かった、しかし保護者は少年を庇ったせいで命を落としてしまった。
後悔した、保護者を喜ばすどころか死なせてしまった事に深く嘆いた。
それからだった、雨の日になると保護者が恋しくなり死にたいと思う日が強くなったのだ。
部屋に引きこもり全てに後悔して、少年は泣き続けた・・・許しを請うように。
花を見れなくなった、花を見るとあの時の記憶が蘇ってきて怖かったから。
「ずっとそうやって、五年間・・・引きこもった、その少年は」
生きる事も面倒になった、死にそうで死にそうで気が狂いそうだった。
死んでしまった方がマシだと思うようになった。
そんな時だった、小さな植木鉢と種を部屋から見つけた。
いつの種だったかは知らない、それでも土も揃っていて・・・少年は気まぐれで植えてみた。
水をとりあえず与えて、きっと一週間やっても何も出ない、そう思っていた。
でもやる事がなかったから、少年は毎日とりあえず世話をしてみた。
もう何年も経っている種でどうせ・・・どうせ芽吹きはしない、そう思っても暇だったから。
「そしたらね・・・・芽が出たんだ」
「芽が・・出た?」
「随分古い種に土だった、それでも・・・ちゃんと芽が芽吹いた」
感動だった、たったこんな小さなものでも命があることに気がついた。
そして少年は植木鉢を持って五年ぶりに外へ出た。
眩いばかりの外の世界、小さな命と一緒に見た空は感動的で。
初めて生きたい・・・・少年は思うようになった、そして保護者を想った、保護者だったら何て言うだろう?
死んで喜ぶだろうか?だったら庇った意味は?
「少年はそれから生きたい・・・そう思うようになったんだ・・・」
「・・・・・・・・・・・それはお前の事か?」
「そう、俺なんだ・・・三蔵、俺はね殺したに等しいんだよ・・・・三蔵よりよっぽど酷い汚いヤツなんだ」
蛇口の取っ手に手を掛けて捻る、出ている水が細くなり止った。
それでも悟空の手の傷からは血が滴り落ちていた。
ポタポタポタ。
手からも目からも液体が滴り落ちているのを三蔵は見逃さなかった。
「生きる、さっきは偉そうな事言ったけど・・・三蔵の気持ち分かんないって言ったけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「分かるんだ、俺・・・そうやって三蔵のように生きてきたから」
ポタポタポタポタ、雨が降っている。
雨も降っているが、別の液体も降っている。
「三蔵は、大丈夫・・・三蔵のせいじゃないんだから、お父さんの死は三蔵のせいじゃないんだから」
「・・・・・・・・・・・悟空」
「俺は・・・俺のせいで殺したんだ、死なせたんだ、本当は生きている価値なんてないかもしれない」
「・・・それでも生きるんだろ?」
「うん、生きる・・・辛いけど、逃げるから・・・背負わないと」
向き合わないと悟空は三蔵に背を向けたまま呟いた。
何も、何も言えなかった。
ポタポタポタポタ。
雨が・・・雨が降っている。
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